〈田舎〉
隣組は、七軒。砂利道で、時々馬車が荷運びをする。車といえば、米屋のオート三輪、塩屋のリヤカー。実家は、道の土手を登った少し高い所にあり、目の前は見渡すかぎり田んぼである。
〈秋の長雨〉私は、まだ小学生になっていない。雨粒が筋になって田んぼに落ちてくる。葉っぱや屋根にあたる音、風が吹いて、その筋が曲がったりする。縁側に座って、ただただ、ずっと見ているのが好きだった。
〈冬寒かった〉家には土間があり、カマドが二つ、毎日の煮炊きのメインである。火起こしもお手の物で、寒い朝は、率先してご飯炊きを手伝った。カマドのそばがあったかいからだ。釜が沸騰して、蓋の隙間から泡が吹き出してきたら、火を落として弱火にする。釜の飯は、本当にうまい。
〈お袋のユーモア〉
兄弟五人、夜遅くまで騒いでいると、何やら家の屋根に、バラバラバラと何かがあたる音がする。何度か繰り返し、今度は、雨戸をバタバタと叩く。そのうち、部屋の戸の隙間からこちらを覗くのである。手ぬぐいで方被りをして、懐中電灯をアゴの下にかざして、顔は真っ暗に墨を塗って。「いつまで騒いでるんだ!早く寝ないとみんな食ってしまうぞ」と声色で。
〈甘いもの〉どうやらお袋も甘いものが好きだったみたいだ。茶箪笥の奥の奥に、見覚えのある「和菓子しばた屋」の包み紙が隠されているのだ。私の甘いものに対する嗅覚は鋭い。難なく、美味しい饅頭を、また一つ所望するのである。